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ごあいさつ

洲本市長の上崎 勝規(うえさき かつのり)です。

令和4年3月から市長として洲本市政を担うことになりました。

さて、淡路島の中央部に位置する洲本市は、面積約182平方キロメートル、人口約42,000人(令和4年4月時点)の市民が暮らしています。昭和15年に市制を施行し、平成18年には「健康の町」として発展してきた津名郡五色町と合併し、「新しい洲本市」が誕生しました。

一年を通じて比較的晴れた日が多く温暖な気候で、東には朝陽が昇る大阪湾、西には夕陽が美しい播磨灘、南は太平洋に繋がる紀淡海峡に面し、また、「淡路富士」と称される先山、瀬戸内海国立公園に指定された三熊山や五色浜など、豊かな自然に恵まれています。

この豊かな自然と京阪神に近いという立地条件から、洲本市には長い年月をかけて育まれてきた、さまざまな時代の魅力が随所に息づいています。この魅力に更なる磨きをかけていくことが私の役目と考えるところです。

数多くある魅力の一端を担っているのが「食」です。

古(いにしえ)には「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、朝廷に山海の幸を献上してきた土地であり、全国的に有名なタマネギをはじめとする農畜産物、ハモやサワラといった水産物が、今も市民のみならず訪れる人々に親しまれています。

また、戦国時代には三熊山山上に洲本城が築城され、「賤ケ岳の七本槍」の一人として有名な脇坂安治により広大な縄張りを持つ総石垣の城に改築されました。後に洲本城には山裾にも城が築かれ、二つの城をつなぐ「登り石垣」が貴重な遺構として、「続日本100名城」にも選ばれています。

山裾に広がる市街地の、碁盤の目のように整備された町割りとともに、旧城下町の風情が今も残っているのも洲本市の魅力の一つです。

江戸時代後期に北前船「辰悦丸」を駆り、「海の豪商」と呼ばれ、今も当地の人々から敬い愛されている高田屋嘉兵衛翁の生誕地でもあることから、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」の構成市の一つにも認定されました。

さらに、明治の後半から大正期には、現在の市街地の中心部に大きな紡績工場が立ち並び、淡路地域全体の経済をけん引し、今日の市勢の礎が形成されました。今でも当時の隆盛が懐かしく思い出されるレンガ造りの建物が飲食施設や図書館として再利用されており、西日本の紡績産業を担った近代化産業遺産群の一つとして経済産業省から認定されています。

そして、近年は、兵庫県内でも屈指の洲本温泉が多くの訪問者を迎え、市域の観光の根幹をなしています。また、漁業、稲作やタマネギ、和牛などの第一次産業はもちろんのこと、五色地域では精密機械の工場群が地域産業を支えています。

このような明るく緑あふれる自然環境に恵まれ、豊かな自然や文化が今も息づき、バランスよく展開された産業を生かしながら、市域の皆さんが安心して暮らせる「ずっと住みたい洲本」の実現と、洲本市を多くの人々が訪れ、当地の魅力を存分に感じていただける「にぎわいのあるまちづくり」を目指して、市政運営に取り組んでまいります。

署名